A Way of Being 生き方
頭では私たちは「喜び」が人生の質を決めるとても大切な要因であるとわかっていますが、そのように「生きる」ことはまた別のことです。
皆さんは実際に「喜び」に従って一日を過したことがありますか?ここで言っているのは皆さんに喜びをもたらす活動だけを意識的にしたことがありますかということです。
喜んでできるものに集中すればするほど、もっともっと新鮮なエネルギーと活力を毎日の生活に取り込めるようになります。
「活動」という言葉はしばしば見過ごされます。もう一度、良く見てみましょう。「活動」はよく身体の一連の活動と結び付けられています。にもかかわらず、「活動」は他のものも表しています。
そのひとつに「感情活動」と呼ばれるものがあります。私たちが動揺した時、悲しい時、心配している時は、ある種のエネルギー活動が行われています。このタイプのエネルギー活動は、喜び、幸せ、あるいは安心をもたらすものとは全く異なったものです。 皆さんも気づいていらっしゃるかもしれませんが、心配や怒りのような感情が爆発したあとはとても疲れます。それに引き換え、コンサートやスポーツの試合、特に皆さんが応援しているチームが勝った時は活力が増し、元気になったように感じることでしょう。
また、この他にも「思考活動」というものがあります。私たちはいつも考えているので当たり前のように思っていますが、思考を生み出すために、エネルギー、努力、集中力が必要とされます。もし、そうであるなら、加齢に拍車をかけるような思考よりも、むしろ私たちは私たちのためになるような思考を生み出そうとすべきではないでしょうか。
「思考活動」、「感情活動」、「身体活動」は密度のレベルが違います。身体活動は明らかに密度が高いものでしょう。
人に喜びをもたらす身体活動は人それぞれ特有のものです。ある人たちは信頼の置ける友達に電話をかけることでエネルギーを充分増やすことができます。またある人たちはアイスホッケーのような速いペースの試合をすることで喜びが湧くかもしれません。コインを数えるようなきっちりしたことさえ、数が好きな人にとっては喜びになります。
ゴミを捨てる、トイレの掃除をするといった身体活動は昔から喜びの少ない肉体労働だと考えられていますが、人は尚、活動する方法を変えることができます。例えば、歌いながらするというのは、音程があっていようが、外れていようが関わり無く、明らかに活動の色を変えるひとつの方法です。
喜びのある活動は自然に次のものに行き着きます。
a) 感謝
b) 寛容
私たちが自分達の周りのものに感謝の念を持ち、寛容であるなら、生命の驚異と広がりを感じられるでしょう。それが自由の始まりです。
喜びを追い駆ける日を過してみませんか?
あなたは回りで起きていることにきっと驚かれるでしょう。